2014年11月28日

入院3日目〜(一旦、完) 限界と空白の記憶

【入院3日目】

状態はよりひどくなっていた。


天井のスクリーンは映像を映していたと思うが、もう観て楽しむ余裕はなかった。

常にナメクジやクモが体を這う状態となっていた。


私は完全に怯えきっていた。


幻覚そのものへの不快感も相当なものだが、

それ以上に、「今よりもさらに幻覚がひどくなる」ことへの恐怖の方が大きかった。


ひどいケースになると、看護師がエイリアンに見えたり、ありもしない化物が見えたりするらしい。

見えるだけならまだしも、それが目の前に突然現れたり、体に触れてきたり、襲い掛かってこようものなら・・・

「今」の現状でも耐え難いのに。

「これ以上は無理!」という叫びに近い気持ちでいっぱいだった。





そんな時、布団の上を、ネズミらしきものが「タタッ、タタッ」っと足元から顔に向けて走ってくる感覚が現れた。


私は顔の半分を布団にうずめ、目をつむってじっと耐えるしかなかった。


「これが見え出したらどうしよう」


天井のスクリーンは見えても、体を這う「ナメクジ」や「クモ」は見えたことがなかった。これが見え出したらもう終わりだ、と思っていた。


しかし、ついに見えてしまった。

布団の上を走ってくる2匹のネズミが!


「もうだめだ!」

と思ったあと、布団から起き上がった・・・ところまでしか覚えていない。

そのあと、私はどうしたのだろう。





【入院3日目〜6日目】

その後の記憶は、さらに曖昧である。


布団の上の虫らしきものをたたく。

すると、白い粉になる。

布団が白い粉でいっぱいなる。


記憶にあるのは、これくらいだ。


あと、すごく晴れやかな日に、布団を干しに行く夢を見た。

実際に干しには行けないので、夢か幻覚なのだろう。


白い粉でいっぱいになった布団をなんとかしたかったのだ。


後にルームメイトから聞いたところによると、私が

「洗濯しにいく」

と言ったのを、無理だとさとしてくれたそうだ。





これ以降、4日目〜6日目くらいの記憶はあまりない。

幻覚による拘束はされなかったものの、私の幻覚はかなり重症だったのだと思う。

実際、『観察室』に入れられる期間は通常5日間とされているが、私は『観察室』を出るのに7日間を要した。


7日目以降も、あまり記憶がない。


体も心もある程度回復するのには、約2週間を要した。





今回、自分への戒めの意味も含めて、初回に入院した頃のことを回想してみた。


今考えても、この時の幻覚は過去最大級だったと思う。


しかし、これだけで終わらなかった。


その後、10年の人生の中で、私は、過食嘔吐も、薬物依存も、やった。

そして、10年前、「酒で2度とこんな苦しい想いをしたくない!きれいな体で、酒に囚われず自由に人生を送りたい!」と強く強く願ったのだが、再飲酒もしてしまった。


人生、何度もふりだしに戻した。

やっと人の信頼を得た、と思ったら、薬物や飲酒で、また失った。


薬物や飲酒で、幻覚にも襲われた。


つい最近の幻覚では、死体が山のように出てきた。

まぶたを閉じても、ひたすらぐちゃぐちゃになる死体が、しかも動画で、次から次へと表現を変えながら現れた。

目を開けても、目をつむっても、死体や肉片ばかりなのだから、寝ることもできないし、気が休まることがなかった。


見たこともない状態の死体が次々と。

本当に脳の創造力は、無限のパワーをもっているのだ。

ただ、その使い道を正さなければ意味がないが。


もう幻覚はこりごりである。


幻聴は出やすくなっているので、ちょっとしたことでも聞こえるようになっているが、トイレの換気扇の音が、学校のチャイムや祭囃子やロックミュージックに聞こえる程度に抑えれるよう、「飲まない生き方」を、なんとか死ぬまで継続したいと思う。


※続きは、時間に余裕がある時に更新できればと思っています。




2014年11月27日

入院2日目 夜 幻覚との戦い

【入院2日目 夜】

入院2日目の夕方くらいから、天井のスクリーンに変化が現れた。

なんと、3D処理され始めたのである。


スクリーンにはクマのプーさんのような画像が流れていた。

映像の中に黒い羽虫の大群が映る。

それが、だんだんと映像から飛び出し、目の前の空間を飛び始めたのだ。


「これはマズイ!」

そう思った。


ここまでのことだって、ある程度「あり得ない」ことだし、「幻覚なんだろう」という気持ちはあった。

だからこそ、焦った。


天井に映像が映し出されているまではよかったが、それが自分に近づいてくるとなると、途端に恐怖を感じずにはいられなかった。


案の定、ここからは笑う余裕など、まったくなくなった。





幻視の代表例として、

「目の前を虫が飛ぶ」とか「壁にたくさんの虫が見える」というのはよく聴く話だ。


私もご多分に漏れず、その後も目の前を虫が飛ぶのを体験した。


ここまではまだ、

「大丈夫。幻覚だから、大丈夫」

と自分に言い聞かせていた。


しかし、2日目の夜あたりから、ナメクジが出始めた。


今度は見えるのではない。

いや、逆に見ようとしても見えない。


けど、靴下の中を這うのである。

ナメクジが。はっきりと。

数匹のナメクジが、両足の靴下の中に現れ、足首から膝にかけて、何度も何度も登ってくる。

靴下を見ても、ナメクジはいない。

「その部分」に触れると、ナメクジは消える。

けれども、また現れ、下から登ってくる。

吸盤のようにナメクジの腹が、私の足に食いつくのがはっきりとわかる。

食いつくようによじ登るのだ。

登りきったナメクジは、足の膝の横側や裏側を舐めるように這う


こればかりは、もう我慢できなかった。

幻覚だとわかっていても、非常に耐え難い。

看護師に「ナメクジが!」と説明した。

そして頼み込んだ。「なんとかしてほしい!」と。


看護師は薬を持ってきてくれるという。

しかし、看護師からするとよくあることなのだろう。

別段急ぐ様子もなく、扉の向こうに消えていった。


看護師が戻ってくるまで、おそらく5分かからなかったんじゃないだろうか。

でも、私にはとても長い時間に感じた。

扉のすきまからのぞいたりしながら、看護師の帰りを待ち望んだ。

そして、私は憎んだ。

「早くしろよ!」と。「本当にナメクジが這っているんだぞ!」と。





次はクモだった。


ベッドで寝ていると、足のすねのあたりに現れた。(両足同時に)

そして徐々に這ってきて、膝を越えて、太もものあたりで止まる。

そして、太ももをその複数の足で「ギリギリギリ・・・」と締めつけてきた。


これも幻覚であることは頭ではわかっているが、とてつもなくリアルだった。

太ももを締めつけられると手で膝をはらうように触る。

すると、クモは消える。

しかし、間をおかず、また足のすねのあたりにクモが現れる。

やはり両足同時に。


かなりの時間続いたと思う。

もう、最後どうなったのかは覚えていない。

症状が治まった記憶はないので、寝ることで解決したのかもしれない。


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入院初日〜2日目 新たな世界へ

【入院初日】

『観察室』のベッドに横になった時間は覚えていない。

けれど、だいたい昼食の時間くらいで、昼食も出されたような気がする。


数時間にわたりベッドで点滴を受けたと思う。

夕方くらいには、ひとまず自分でトイレに行けるようにはなっていた。





【入院2日目】

朝食はパンと牛乳だったのを覚えている。


かなり吐き気が強くなってきていた。

「周りに聞こえるのが恥ずかしい」という気持ちはあったが、数回、トイレへ行って嘔吐した。(ただ、それまでまともに食事をしていないので、胃液しか出ないのだけれども)





周囲を見ると、比較的元気そうな人もいた。

しかし中には、50歳なのに70歳くらいに見える人がいた。

脳にアンモニアがまわってしまっているらしく、自分で歩くことも食事することも困難な状態で、はっきり言って「廃人」という言葉が頭に浮かんだ。(大変失礼な表現で申し訳ないが。)


他にも、「あー。あー。」しか言わず、近づいてきて映画のE.Tのような感じで指を合わせようとしてくる人もいた。

目がうつろで、とても怖かった。


自分が大変なところに来たんだ、ということ。

そして自分も他人事ではないのだ、ということを実感した。





2日目の昼くらいから、徐々にそれは始まった。


まずは幻聴。


"耳から"音楽がはっきりと、しかも常に聞こえるようになっていた。

最初のそれは、ネットゲームの豪快で力強い音楽だった。

これがエンドレスで流れていた。

「イヤホンをしなくても音楽が聞こえるなんて、なんて便利なんだ」

そんな風に思っていた。


次に幻視。


ふと、廊下の照明に目をやると、蛍光灯になにやら映像が映っている。

私は思った。

「すごい!電力会社はここの施設を使って、こんな実験をしているのだ!」


そう、私にとって、蛍光灯に移った映像は間違いなく本物だった。

だから本気で思った。

山奥のその病院で、斬新な「映像の映る蛍光灯」の開発テストが行われているのだと。





ベッドに仰向けに寝ると、天井が大きなスクリーンと化していた。

プロジェクターで天井に映像を映したようなイメージだ。


(これもネットゲームの影響だと思うが)日本・西洋・中国の合戦が映画仕立てで延々と上演された。

それも、今まで「観たことのない映像」ばかり。

狂っていても、脳というものは本当にものすごい驚異のスペックをもっているのだと思う。

「観たことのない映像」は次から次へのスクリーンに映し出された。


私はその「驚異のスペック」の脳が作り出す、映像を楽しく鑑賞していた。

映像に合わせて音楽も耳からはっきりと聞こえてくる。

入院中でテレビもない状態であるにもかかわらず、退屈さはまったく感じなかった。


同部屋の人たち(後の入院仲間たち)にもそれを伝えた。

私は映像を見ながら楽しげに笑う。

まわりの人は苦笑いをしていただろう。


しかし笑っていられるのは、2日目までだった。


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