2015年01月04日

『こだわり』の手放し方

前回、たいした答えも持たないまま、
調子にのって思ったことを書いた。
今回、また性懲りもなく、
たいした答えのないまま、
ふと思いついたことを書いてみたいと思う。




こだわりが捨てられない

あなたは何かに対して、
強いこだわりがあるだろうか?

異性の好みだったりとか
車のタイプだったりとか。
もっと大きな範囲で、
自分のあるべき生き方とか、
理想の世界観とか。




私は物事へのこだわりが強い。
それも、かなり強固で相当がんこなこだわりをもっている。
(そもそも、アルコール依存症になる人というのは、
こだわりを強くもってしまう傾向にあるのだけれども。)

例えば、今の悩みは、
「仕事に対するこだわりが捨てられない」ということだ。

仕事に対する取り組み方。
それは若いころ、仕事の万能選手に憧れて、
自分も
「万能選手=頼まれた仕事は何でもこなす人」
になるんだと強く想ったあの日から、
ずっとこだわってきた考え方だ。

その想いの果てに、
今の私はワーカホリック的な状態に陥っている。
(ワーカホリック⇒仕事依存症)
そして、残業や休日出勤を繰り返している。

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家族との時間を大切にしたい。
なんとか仕事へのこだわりを
「捨てる」までいかずとも、「軽減」したい。

だから、考えた。
どうすれば「こだわり」を捨てられるのか?




「つゆだく」が大嫌い

先日、夕食に親子丼が出た。
親子丼は大好きだ。
しかしその親子丼は、超つゆだくだった。
(つゆだく⇒おつゆがたっぷりで、
どんぶりの中のご飯が汁かけ状態になっているもの)
私は「あ〜あ、つゆだくかよ(´・ω・`)」と思った。

私はつゆだくのどんぶりが大嫌いだ。
そもそも米は固いのが好きだ。
汁でぐちょぐちょになった米なんて許せない。

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これは、大人になって自炊をするようになったころ、
「俺は固い米が好きだ。これから固めに作ろう!」
と思ったときから、ずっとそう思っている。
大げさに表現すると、
それが自分のアイデンティティに近いくらいに。

そんな時、
ふと「こだわり」を捨て去るヒントが頭に浮かんだ。




過去の経験を思い返してほしい。
何かのきっかけで、
まったく興味がなかったことに興味を持ったり、
反対に、大好きだったものが大嫌いになったりしたことはないだろうか?

例えば、先ほどの『つゆだく丼』の場合で考えてみよう。

付き合い始めて間もない、
心底惚れこんだ彼女(彼氏)が親子丼を作ってくれた。
超つゆだくのご飯がぐちょぐちょの親子丼だけれど、
ものすごく笑顔で「どうぞ^^」と出された。

それでも、「あ〜あ、つゆだくかよ(´・ω・`)」
と思うだろうか?

「あ〜あ・・・(´・ω・`)」となる可能性もあるが、
「つゆだくもいいかも(*´ω`*)」
と思う可能性もある。
いや、異性への惚れこみ具合に比例して、
「(*´ω`*)」となる可能性はどんどん高まる。

これをきっかけに、アイデンティティが完全崩壊して、
「つゆだく好き」になるかもしれない。

「つゆだく好き」にまでならないまでも、
『つゆだくも悪くない』とか
『つゆだくは青春の味』になることもあるだろう。
ちょっとしたパラダイムシフトだ。

他の例をみてみよう。

ある人(田中さん)は、
迷彩柄の服によいイメージをもっていない。
自分が迷彩柄の服を着ることはないし、
他人が着ているのをみると、
「この人とは趣味が合わなさそうだ」
と思う。

5858117.jpg

田中さんには、心から敬愛する芸能人がいる。
ある日、田中さんがいつものように
ネット上で追っかけをしていたら、
その芸能人が迷彩柄のパンツをはいていた。

田中さんは一瞬思う。
(え・・・あんな柄のパンツをはくんだ。
ちょっと残念。)

けれでも、その芸能人はたびたび迷彩柄のパンツをはいて
登場した。
しかもインタビューで、
「この迷彩柄のパンツがとてもお気に入りだ」
と言っている。

何度も何度も、
迷彩柄のパンツをはく、憧れの芸能人をみているうちに、
田中さんはこう思うようになっていた。
「迷彩柄もいいかも(*´ω`*)」




こだわりなんてその程度のもの

強い「こだわり」や「思いこみ」なんてものは、
きっかけしだいでいくらでも変わる。

私自身、そんな経験がいくつかある。
中学生のころは工作が苦手で、
「ドライバーを握るのも嫌い」だった。
「工具を使う職業にだけは就かないだろう」と思っていた。
けれでも、
金に目がくらんで(←これがきっかけ)、
ある職業を経験したおかげで、今は、
「電動ドリル大好き。日曜大工大好き。」な
おじさんになっている。


この方法の難しい点は、
「どうやってきっかけを探すか?」
である。

あなたならどうするだろうか?

例えば、
まずは自分の愛する人をリストアップしてみる。
(家族とか友人とか著名人とかに限らず)
そして、
その人たちが持っている、自分にない趣味や考え方を受け入れてみる。
そこから、自分の「こだわり」とは別の価値観を見出していく。

他には、
自分が手放したい「こだわり」と真逆の人たちを探して、
アンテナを向けてみるのもよいかもしれない。


私の場合、
「仕事に対するこだわりが捨てられない」
の打開策としては、
「仕事は適当だけれど、それがかえって格好いい」ような
上司とか、友人とか、著名人とかを探して、
自分の目指すモデルにしてみるのはどうだろうか?

今年はパラダイムシフトを意識してみようと思う。



おまけ

下の絵を見ていただきたい。

paradigmshift.png

どんな風に見えましたか?

若い女性?
老婆?

私は、一度若い女性に見えてから、
老婆として認識することができませんでした。

一度思い込むと、なかなか「見方」を変えれない例ですね。





posted by 千 at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 4.日常のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月03日

高齢者の「質」について

このブログは、
「日常のコラム」というカテゴリを設けている。

しかし、投稿は0件。
そろそろ1件くらいは投稿しようと思っていた。

そこで、今回のお題は、
『高齢者の「質」について』である。

批判も多いと思うが、あえて書こうと思う。




高齢者の「質」が低下している

みなさんは、高齢者の行動として、
以下のようなことを見聞きしたことはないだろうか?

@ 電車に乗るとき、降りる人を待たずに、我先にと乗る。
  (とにかく座席を座りたい。人を押しのけるくらい元気な人ほど)
A 電車など公共の場で、大声で話す。
B 徒歩ですれ違うとき、こちらがゆずっても、何も言わずに去っていく。
  (お礼もなければ、会釈もしない。)
C すれ違いでぶつかったとき、相手に対して罵声を浴びせる。
  罵声までいかずとも、舌打ちのひとつもして、自分の非はまったく認めない。
  (公共の場であっても、自分の気持ちを我慢できない)
D 相手に聞こえるように嫌味を言う。
  (自分の気持ちを抑制できない)

上記は、「質の悪い」高齢者の行動の例である。
これは高齢者に限った話ではない。
もちろん、学生や若い社会人、中年といわれる層でもあることだ。

しかし、よいお手本となるべき高齢者が
「悪いお手本」を振りかざしているのはいかがなものだろうか。




質が悪くなるのは、なぜか?

よいお手本であるはずの高齢者が
悪いお手本となっているのはなぜか?

ひと言でいうと、
「自分の感情を抑制できない」
からだ。
(先の例の@〜Dにあるように)

さらに突き詰めて、高齢者が
「自分の感情を抑制できない」
のはなぜか?

逆に古き日本において、
高齢者が威厳を持ち、敬われていたのは
なぜか?




古き日本の高齢者は、
「人に厳しく、自分にも厳しい」人たちだったのだと思う。

そして、今の高齢者は、
「人に厳しく、自分に甘い」のだ。

そしてこの
「人に厳しく、自分に甘い」は
次の世代に受け継がれていく。
悪循環として。

そこで、高齢者に至っていない世代は、
何をすべきなのか?

高齢者に至っていない世代が、
すなわち、今後いつか高齢者になっていく世代が、
するべきこと。
それは、
この悪循環を止める努力をすることである。

今の高齢者を反面教師として受け止め、
同じことを繰り返さないようにすること。

これは高齢者の年代が、
年金問題を後回しにして
若い人たちに年金のツケを押し付けてきた流れを
断ち切るのと同じくらい難しい問題だと思う。

けれでも、自分だけは「よいお手本」になれるように。
せめて自分のまわりの若い人には、
「よいお手本」を示すことができるように。

これから高齢者になる世代(未成年も含めて)が、
真剣に考えていかなければならない問題だと思っている。

そうしないと、
日本はもっと殺伐として世界になってしまう。




今回の問題は、
もっと深堀して考えるべきである。

文章中の「なぜ」をもっと深堀し、
突き詰めなければならない。

「なぜ、自分の感情を抑制できないのか?」
「そこにはなんらかのコンプレックスがあるのではないか?」
「今の高齢者のさらに前の世代に、『質の低下』の原因があったのではないか?」
「『人に厳しく、自分に甘く』なるのはなぜか?」

きっと、考えるべきことはたくさんある。

私は今後もこの問題について、
自分なりの解を求めて考え、
自分の成長につなげたい。

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posted by 千 at 14:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 4.日常のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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