2014年11月25日

アルコール専門病院 入院の決意

平成16年11月某日、私はとあるアルコール専門科のある精神病院に入院した。

これは私の最後の砦だった。





すでに仕事どころか、ネットゲームすらできなくなっていた私は、何度も何度もベッドの上で天井に手をかざす。

「神様、助けてください。酒をやめさせてください。それができないなら、死なせてください・・・」

飲酒と離脱(私の場合は主にひどい嘔吐)を繰り返し、体は衰弱しきっていた。

辛くて辛くてしかたがない毎日だった。


ある日、ネットでアルコール依存症という病気があることを知った。

自分がアル中だとは思っていたが、それは「自分の心が弱いから酒をやめられないのだ」という認識だった。だから、自分でどうにかするしかないと思っていた。

しかし、「酒をやめられない」ことが『病気であり、病院で診てもらえる』とわかった時、これしかないと思った。


すがる思いで、最寄り駅近くの心療内科に電話をした。

まずは、アルコール依存症を診てもらえるかが心配だったのだ。

答えは「お越しください」とのことだった。


早速、心療内科に出向き受診した。

その結果、アルコール依存症の専門病院への入院をすすめられた。

すぐには返答はできなかった。

しばらくまともに仕事ができていなかった私には、金銭的な問題が立ちはだかった。


家族には反対された。

入院費用のことよりも、「精神病院に入院する」ことに対しての抵抗だった。

その病院を知っている家族からは、「あんなところに入ったら、おかしくなってしまうぞ」とまで言われた。


しかし、自分ではどうしても酒をやめることができない。

インターネットでかじったばかりの「アルコール依存症」の知識で家族を説得し、最終的には家族の同意を得ることができた。


そろそろ寒くなろうかという11月のある日。

再び診療内科を訪れた。

そして、アルコール依存の専門病院に入院したい旨を伝えた。


医者からは次のようなことを何度も言われた。

「入院したからといって酒をやめられるわけではない。あなた自身が本気で『やめたい!』と思わない限り。」と。

私は本気で酒の呪縛から解かれたかった。逃れたかった。

だから、「本心から酒をやめたい」と伝えた。


そこからは、スムーズに手続きが進んだ。

入院日も決まった。


入院日当日。

私はまだ酒をやめられていなかった。

朝7時に出発するとき、机の引き出しにあったチューハイライム(500ml)に口をつけた。

「これで最後だ」

こんな状態でもなお、酒に未練いっぱいの私は、全て飲み干そうとした。

しかし、体に限界がきていた。

全て飲み干すことはできず、半分ほど飲んだとき出発の時間となった。


>次の記事 アルコール専門病院へ バスの車窓から



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